2008/12/12

がんばれ

ある学生へのメッセージ。

お前のやろうとしていることはものすごく無謀なことだ。
もし成功したら本当に天才だと言ってあげてもいい。
その自信はいったいどこから来るのか?単に強がりなのか?

でも、不可能と思えることを可能にしてほしいという気持ちもある。

まずは第一関を突破することだ。来週火曜日が勝負だ。

がんばれ。
今はただ見守ってやることしかできないけど。

「~と言いました」vs.「~と言っていました」 その後

ハンドアウトまで作ってあるのですが、時間がなくて、今日もこの違いについて説明できませんでした。

初級の最初で理解できる語彙が限られていることもあって、自信満々の例ではないのですが、思いがけず、以前の学生からのリクエストもあったため、紹介しておきます。

まず、「~と言いました」は典型的には話者自身または誰かが言ったことを一字一句そのまま引用するような場合に使います。

それに対して、「~と言っていました」は誰かが言ったことの内容を一字一句同じでなくても引用するような場合に使います。

私が考えた例は次のようなもの。

1) A is planning to have a party and invites B to it.
A: 来週 パーティーをします。Bさん、来ませんか。
 B: いいですね。行きます!


2) A and C who is one of the participants of the party are talking.
 C: 来週の パーティーにCさんは 来ますか。
 A: ええ、(Bさんは)来ると 言っていました
 C: そうですか。


3) B had completely forgotten about the party and did not go to it. A and B are talking about it.
 A: Bさん、パーティーに 来ませんでしたね。
 B: えっ?パーティーですか。
 A: ええ。Cさんはパーティーに 行きますと 言いましたね
B: すみません!! 忘れていました…。

これでわかるかなぁ?

2008/12/09

「~と言いました」と「~と言っていました」

昨日のことだ。
初級クラスで質問を受けて、きれいな例が示せなかった。
「~と言いました」と「~と言っていました」の違い。

素朴な疑問かもしれないが、この質問は結構深い。
改めていつどちらを使うのかと聞かれると、なかなか説明しづらい。

分かりやすい例を考え中・・・。

と、このブログを書いている間にアイデアが1つ浮かんだ。
よし、これで試してみよう。

結果は後日報告ということで。

シンガポール・シック?

今日、学期末の学生の発表があった。
そのうちの一人がシンガポールの学生で、シングリッシュについての発表を行った。
シングリッシュの例としてYouTubeにアップロードされたケイタリング業者と客との電話での会話を聞かせてくれた。

その会話を聞いたとき、何とも言えない温かい気持ちになった。
そうそう、この言い方!独特のイントネーションとアクセント。ぶっきらぼうだが、飾り気が無くて人懐っこい。
シンガポールを離れてシングリッシュを聞いて、こんな気持ちになるとは、シンガポールに行ったばかりの8年前には想像だにできなかったことだ。その当時は正直好きになれなかった。その言葉、そして、それを話す人たちも。
しかし、すっかり自分の心がシンガポールに根付いてしまったのだと今日、気づかされた。

最近ちょっとシンガポール・シックかもしれない。
あの国を去ってまだ半年なのに・・・。

2008/12/01

発話機能から導入する重要性

また、備忘録として。

文法・文型中心主義が嫌で新たな枠組みを模索しようとしているのに、まんまと文法に振り回された・・・。

「マス形」と「Vテイマス」の使い分けがよくわからず、混乱しているという質問を受け、どんな場面で使うのかを急遽説明。

マス形とVテイマスの違いがわからんなどという質問は今まで全く受けたことがない。しかも、それを聞いてきたのは英語ネイティブのアメリカ人の学生。英語にだって進行相の対立があるのだから、理解できそうだと思っていたのに・・・。

「~ている」の導入がまずかったか。「~ている」の機能を文脈の中で示すべきだったのではないか。
それを十分にしないまま、先週の「~ている」初出の授業では動詞の意味による分類を先にやり、ドリル練習だったので、よくわかっていなかったのだろう。アンチ文法中心主義なのに、これではまさに文法から入っているではないか!いかんいかん。

教科書にも問題があると思う。普通の初級教科書は「~ている」のいくつかの機能を別の課で逐次入れていく。しかし、今使っている教科書では、十把一絡げで一気にドンと入れてしまう。これでは混乱を招くのも当たり前という気がするが・・・。

やはり発話機能から入ったほうがわかりやすいに決まっている。言いたいことを言語化するという自然な言語処理のプロセスをたどった方が無理が無いに決まっている。それを実現するためには発話機能から入っていく方が、機械的な練習をするにしても、うまく理由付けができるはずだ。